「――必ず帰るよ」

その約束を残して、彼は私達の前からいなくなった。


62.お帰り



藍色の空に輝く月の光に照らされて、セレニアの花が美しく咲き乱れる。
大岩に腰を下ろし、ゆっくりと正面を見据えた。
視線の先にあるのは崩壊したエルドラント。
大好きだった兄の最期の場所。
そして、彼と別れた場所。



今でも瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。
微笑んでいるのになぜか泣いている様にしか見えなかった彼の顔。
切なげに細められた瞳の中に含まれた諦めにも似た感情。

覚悟を決めた彼の様子に、見ている私達の方が泣きたくなった。
けれど一番辛いはずの彼が涙を見せなかったから、 何とか涙を堪えて言葉を交わした。



緩やかな風が吹く中、一度大きく息を吸い、譜歌を紡ぐ。

世界中に響くように大きく、心を込めて
この想いを、ここではないどこかにいる彼に届ける為に





あなたは今どこにいるの
この世界のどこかにいるのかしら


私達はここにいるわ
ここであなたを待っているから


あなたとの約束を信じてるわ
ずっとあなたを待っているから

だから

だから帰ってきて


約束を忘れないで――





歌が終わった。

無意識に月に向かって伸ばしていた手を引き戻す。
空に浮かぶ月は、彼と最後に見た月と同じくらい美しい満月で、 心が温かくなるのと同時に凄く切なくなる。

「よろしかったの?公爵家で行われるルークの成人の儀に、あなたも呼ばれていたのでしょう……?」
「ええ……ルークのお墓の前で行われる儀式に興味はないもの」

だって、彼は帰ってくると言ったのだから。
ここで儀式に行ったら、それは彼がもう戻ってこないと認めてしまうことになる。
そんなことはできない。

「そうだよ。二人とも、そう思ったからここに来たんでしょ?」
「そうですけれど……」
「あいつは戻ってくるって言ったんだ。墓前に語りかけるなんてお断りってことさ」

皆も同じ気持ちなのだ。
帰ってくる、彼のその言葉を信じてる。
だから今もここにいる。



「……そろそろ帰りましょう。夜の渓谷は危険です」

大佐に促されて皆が踵を返し、歩いていく。
私も岩から腰を上げ、皆の後に続く。
本当はまだここにいたかったけれど、皆に迷惑を掛けるわけにもいかないから。


最後にもう一度、彼との約束の場所を心に刻みつけようと振り返った。

けれど私の視線が捉えたのは、エルドラントではなく≪赤≫。
セレニアの花の白い光の中を≪赤≫がゆっくりと近づいてくる。

「どうして……ここに……?」

なんとか声を振り絞るけど、声が震えてるのが自分でもわかる。
それでも聞かずにはいられない。

「ここからなら、ホドが見渡せる」

風が長い髪を踊らせ、新緑のような透き通った瞳が見える。

「それに……約束したからな」

そう言って穏やかに微笑むのは間違いなく彼で。
堪えきれない涙で視界が滲む。

霞む視界のまま、ゆっくりと彼の元に走り出し、彼を強く抱きしめる。
伝わる体温が、鼓動が、夢ではないのだと教えてくれる。

彼は間違いなくここにいる。


彼は約束を守ってくれたのだ。
あの日交わした約束を、彼は忘れていなかった。

約束を覚えてくれていたことが嬉しくて
戻ってきてくれたことが嬉しくて
こうして再び逢えたことが嬉しくて

彼の胸に顔を埋めて涙を流した。



「ティア」

その声さえも懐かしい。
名前を呼ばれ、流れる涙そのままに顔を上げるとすぐ近くに彼の顔があって。
その瞳が真っ直ぐに私を見つめてくる。

「ただいま」

そっと抱きしめながら、どこか照れたように告げられた言葉。
たった四文字の言葉だけど、それは他のどんな言葉よりも彼が帰ってきたのだと私に実感させる。




言いたいことはたくさんある。
聞きたいこともたくさんある。


けれど今私が彼に伝えたいのは






「お帰りなさい」






その一言だけだった。





END

********************************************************

初アビスはルクティアで、EDシーンでの管理人の妄想を書いてみました。
あのED大好きですvvv
私はあれはルークだと信じてるから!
公式発表なんてそんなの全然関係ない!
あれはルークだと言い張るよ。
だってローレライの鍵が左手で抜けるようにささってたし。
アビス初書きなのでいろいろとおかしなところ満載だと思いますが、読んで下さってありがとうございました。

2008.11.15