*儚き夏に刻まれる、永久の思い出*
日が落ちて、薄暗くなる時刻。
普段ならば人々はすっかりと帰宅し、通行人の数も少ないはずだが、今日だけは違った。
等間隔に灯された提灯が周囲を照らし、夜とは思えないほど明るい。
道は大勢の人で溢れかえり、子供たちの楽しそうな声が聞こえる。
道の両脇に立ち並ぶ露店からは商人たちの威勢のいい声が飛び交い、道ゆく人の足を止めさせる。
あちこちに手を繋いだ親子連れやゲームを楽しむ子供たちがいて、見ているものの心を穏やかにさせる。
常とは違うそんな風景に心が弾むのを感じながら、千鶴も微笑を浮かべる。
千鶴のすぐ後ろを歩いていた沖田と斎藤も、そんな千鶴の様子に満足したようにうっすら微笑む。
千鶴が今まで祭りに行ったことがないと知った近藤が、「なら一度行ってみるといい」とにこやかに送り出してくれたのは半刻ほど前。
普段中々屯所から出ることを許されない千鶴への近藤からのささやかな配慮。
監視兼護衛として丁度その場にいた沖田と斎藤が同行することになったのだが、子供のように目を輝かせて露店を眺めている千鶴を見ていると、連れて来てよかったと思える。
「でも意外だったな。千鶴ちゃんずっと江戸にいたんでしょ。なのに祭りに行ったことないなんて」
江戸にもたくさん祭りがあるはずなのにと沖田が問いかければ、露店を覗き込んでいた千鶴は沖田と斎藤の方を振り返り、少しだけ寂しそうに微笑んで問いかけに対して答えた。
「確かにお祭りはあったんですけど、父様のお仕事が忙しくて行けなかったんです」
祭りになると怪我人が増えることも多く、医者である父は家を留守にするわけにはいかなかった。
そんな父を置いて祭りに行くなど、千鶴にはできなかったのだ。
「ふーん」
「なるほど」
納得したように相槌を打つ沖田と斎藤。
それから二人は一瞬だけ視線を交差させると、千鶴を励ますように声をかける。
「ならば今日は楽しめばいい。俺達でよければ付き合おう」
「そうそう。欲しいものとかあったら遠慮なく言いなよ。土方さんから千鶴ちゃん用にお金貰ってきたからさ」
「えっ」
ぽんぽんと千鶴の頭を軽く叩く沖田の手には、小さな財布があって。
まさかそんなものまであるとは思ってなかった千鶴は恐縮して勢いよく首を横に振る。
「そ、そんな。申し訳ないですっ」
「雪村、気にすることはない。局長と副長からの厚意だ」
「千鶴ちゃんが使わないなら僕が使うけど」
それでもいいの?、と不適な笑みを浮かべる沖田。
でもその目はとても穏やかで。
隣の斎藤も緩く微笑んで千鶴を見ている。
そんな二人の心遣いが嬉しくて
「えっと、それでは、お願いします」
千鶴も満面の笑みで答えた。
「ほら、千鶴ちゃん。あれも美味しそうじゃない」
「え、どれですか」
「ほらあの焼きイカ」
「本当ですね。あっ、こっちには綿菓子がありますよ」
子供のようにはしゃぎながらあちこちの露店を見て回る千鶴と沖田。
そんな沖田の手には歩くたびに次々と食べ物の入った袋が増えていく。
その一歩後ろを静かについて歩く斎藤の手にも先ほど千鶴から渡された林檎飴が握られている。
「何故林檎飴なのか」と問うた斎藤に対し、
沖田はいつもの悪戯っ子のような笑みを浮かべて「斎藤君に似合うと思うんだよね」と返してきた。
どこをどうしたら似合うのか、疑問に思わずにはいられなかった斎藤だが、千鶴が「林檎飴、嫌いなんですか?」と悲しそうに瞳を曇らせて問いかけてきたので否とは言えず受け取らざるを得なかった。
試しにほんの少しだけ舐めてみれば、口内に広がる強い甘み。
まるで砂糖の塊だと思わず眉を顰めそうになるも、受け取ってもらえたことを顔を綻ばせて喜ぶ千鶴の顔を見ればそんなことも出来なくて。
結局少しずつ消化していくしかなかった。
「あっ」
不意に千鶴が小さく嬌声を上げて近くにあった露店に向かって小走りに近寄っていく。
何か気になるものでもあったのかと沖田と斎藤が千鶴のいる露店へと向かえば、そこでは鮮やかな朱色の金魚たちが涼しげに水の中を泳いでいた。
気持ちよさそうに泳ぐ金魚たちをしゃがみこみ頬を淡く染めて眺めている千鶴。
そんな千鶴を見て何かを思った沖田は、金魚に夢中の千鶴に呼びかけた。
「千鶴ちゃん」
「はい」
「その金魚欲しいんでしょ?」
振り返り見上げてくる千鶴に、にっこりと満面の笑みを浮かべてそう言う沖田。
千鶴がなにかを答える前に次の言葉を発する。
「斎藤君が取ってくれるんだって。よかったね」
「え……」
「総司、何を勝手に…」
「だって、ほら。僕両手が荷物で塞がってるし。これじゃさすがにできないからさ」
突如指名された斎藤は何のことだと沖田を見るが、沖田は両手に持った袋をこれ見よがしに見せつけ飄々と答える。
「いいじゃない、斎藤君。せっかく千鶴ちゃんが欲しいって言ってるんだし」
「お、沖田さんっ……そんな、私は別に」
「欲しいよね」
「いえ、ですから」
「欲しいでしょ」
「………はい」
有無を言わさぬ迫力の沖田の笑みの前に千鶴が勝てるはずはなく、小さな声で肯定を呟く。
確かに金魚の可愛い姿に心惹かれたのは事実で。
取ってもらえるというなら嬉しい。
「ということで、斎藤君頑張って」
「あ、あの…。お願いします」
「……わかった」
申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる千鶴。
斎藤もさすがに頭を下げられては断るわけにもいかず、仕方無しに了解の意を示した。
数分後。

「斎藤さん、ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていない」
「でもこの子を取ってくれました」
屯所への帰路を進む千鶴の眼前には、小さな袋の中で優雅に泳ぐ一匹の金魚の姿。
それは先ほどの露店で斎藤が見事に捕まえたもの。
その金魚を幸せそうに眺めながら歩く千鶴。
斎藤は未だ食べ終わらない林檎飴を手に、沖田は先ほど買った焼きイカを食べながら道を進む。
帰路の途中、千鶴が沖田と斎藤を振り返り頭を下げた。
「お二人とも今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
満面の笑みを浮かべ、感謝の気持ちを伝える千鶴。
そんな千鶴に沖田と斎藤も穏やかに微笑を返す。
「ま、楽しかったならよかったんじゃないの」
「ああ」
二人の返事に千鶴は更に笑みを深く浮かべた。
(終)
****************************
薄桜鬼随想録&ポータブル発売記念にブラザーとのコラボ作品です。
発売おめでとうございます!!!
それにしても文がグダグダすぎて可愛い絵を描いてくれたブラザーに申し訳ない。
千鶴のあまりの可愛さに萌え死しそうになりました
絵、文、共に期間中はお持ち帰り自由です。
フリー期間:2009.08.27〜2009.09.10
ブラザーこと佐保ゆきちゃんのブログへはこちらから『虹色模様』
2009.08.27