「はい、これ那岐の分」

そう言って満面の笑みで渡された数枚の長方形の紙に今年ももうそんな季節かと気づく。 だがこれといった感慨が湧くわけでもなく、 渡された紙とペンをテーブルに置いて気だるげに息を吐く。

「めんどくさい……」
「那岐ってばいつもそうなんだから。ちゃんと書かなきゃダメだからね」

千尋はそう言って既に書いてあるであろう自分の短冊を握り締め、 庭で飾り付けをしているもう一人の家人のところへと向かう。 その後姿を目で追いながら、その背に向かってぽつりと呟く。

「僕に何かを願う権利なんてあるはずないだろ」

この命は生まれた直後に失われているはずで、 死者に希う資格なんてありはしないのだから。


でも、もしも

もしも願うことが許されるのなら――


しばしの逡巡の後、置いていたペンを手に取り、 一枚の紙に文字を書き連ねていく。

書き終わって庭に向かえば、千尋が楽しそうに近寄ってくる。 何を書いたのかと興味津々の千尋の額を軽く突き、 驚いている間に紙を千尋の視線よりも高い場所に括り付けた。 千尋に絶対見られないように。

「もうっ、なんでそんなに高いところにつけるの。それじゃ私見えないよ」
「別に見る必要なんてないだろ」
「那岐の意地悪。何て書いたのか教えてくれたっていいじゃない」
「千尋は知らなくていいことだよ」

頬を膨らませて抗議の声をあげる千尋の頭を宥めるようにぽんぽんと叩き、 その横をすり抜けて縁側に腰を下ろす。

飾られた笹の下では千尋が飛び跳ねてなんとか僕の短冊を見ようとしている。 その様子がおかしくて気づかれないように笑う。 千尋の横では風早が僕と同じように千尋を見て苦笑している。

しばらくして、揺れる短冊たちを眺めていた風早の目が一瞬見開かれ、その瞳が穏やかに細められる。 その瞳が映しているものが遠目にもわかって、困惑した。 その視線の先にあるのは、僕が書いた短冊。

迂闊だった。 千尋は無理だが、風早は自分よりも背が高いのだ。 彼ならば高い場所にある短冊の内容を読むことが出来る。 この反応は短冊を見たということに間違いない。

その穏やかな瞳がこちらに向けられて、本当に幸せそうに微笑むものだから、気恥ずかしくてわざと視線を外した。 そして立ち上がり足早に室内に戻っていく。

やはりらしくないことを書くべきではなかった。 後悔してももう遅い。 だが思い浮かぶ願いなど、本当にたった一つだけで。 それ以外書く気になんてなれなかったのだ。



『この平和が永久であるように』






叶わぬ 願い と知ってるけれど



願わずにはいられなかった僕は愚かだろうか。





END
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突発的に書きたくなった七夕話。
葦原家は風早と千尋が張り切って行事の準備とかしそう。
そして那岐はそれになんだかんだ言ってつき合わされそう。
なんて考えた時に浮かびました。

風早は二人にとってのおじいちゃんポジションだと思うのは私だけでしょうか(笑)
葦原家は仲良しが一番です^v^

2009.07.07