大切な約束




荒廃する大地
吹き荒ぶ乾いた風
生命を感じることのない無音
飢えに、病になすすべもなく倒れゆく人々


一面に広がる紅の池
充満する鉄の匂い
交錯する剣の音
塵のように打ち捨てられた人々


赤く燃え上がる街並み
全てを破壊する怨霊の群れ
あちこちから響く悲痛な叫び
恐れ、逃げ惑う人々



助けてと伸ばされた手を、けれど掴むこと叶わず、 ただ見ていることしか出来ない。


助けたくて伸ばした手は、けれど届くこと叶わず、 ただ紅く染まっていくだけ。



闇の中、ただ一人立ち尽くす。






「……夢?」


弁慶は半ば呆然と呟いた。 背中を冷たい汗が滑り落ちる。 夢にしてはとても現実的で、まるで実際に闇の中にいたようだ。 耳に響いた人々の苦しみ泣き叫ぶ声も、 頬を濡らしたぬるりとした赤い血も、 息苦しいほど燃え盛った炎の熱も、 その全てが現実のように感じ、動悸が激しい。


わかっている。 これは罰だ。 世界が混沌に堕ち、人々が苦しみ、死していくのは己のせい。 必死に手を伸ばしても誰も救うことが出来ないのは己が無力だから。 この罪をこの胸に焼き付ける。 決して忘れてはならないと 心の奥で自分の声が響くのだ。


許されたいわけではない。 自分が自分を許せていないし、これからも許すことはきっと無い。 あの時自分のしたことが全て間違いだったとは思ってはいない。 あの時、ああしなければ平家以外の多くの人が苦しんだのだから。 でも、それがもたらした結果は決して許せることではなかった。 護りたいと思ったものが、自分のせいで崩れていく。 龍神の加護を失った京。 荒廃は進み、人々は飢え、病魔が蔓延し、怨霊がはびこった。 何度季節が巡っても、この咎は自分を苛む。



どくどくと、耳の奥で鼓動がやけに大きく響く。 なかなか治まらない心臓を落ち着かせるために大きく呼吸をする。 落ち着くまで何度も。 室内は薄暗く、雨音だけが響く。 周りを見渡せば皆ぐっすりと寝静まっている。 茵から出て、寝着のままそっと部屋を後にする。


簀子に出て、柱の横に腰を下ろす。 夜は明けているのに空が雲に覆われているせいで薄暗く、少し肌寒く感じられる。 昨日から降り続く雨は未だ止むことはなく、庭には大きな水溜りを描く。 静かに耳に届く雨音にそっと瞳を閉じ、柱にその身を委ねた。 ひんやりと冷たい空気がこの心を落ち着かせてくれることを願って。





「何をしているんだお前は」


頭上から降ってきたどこか呆れたような声。 それと同時にふわりと何かに包まれるような感覚。 閉じていた瞳を開けば映るのは見慣れた黒。 それがいつも自分が纏っている外套だと気づくのに数秒かかってしまった。 視線を上に向ければいつのまに近づいてきたのか九郎の顔がそこにあった。 どうやら九郎が外套を掛けてくれたらしい。


「おはようございます、九郎」
「ああ、おはよう」

とりあえずと挨拶をしてみれば同じように返される挨拶。 だがすぐに何かに気づいたように、そうじゃないだろうと溜息を吐かれる。 一体何だろうかと首を傾げてみるが、心当たりがまったくない。 仕方がないので言葉を待つ。


「まったく、そんな格好で風邪でもひいたらどうするんだ」


隣に腰掛けながらどこか呆れたように告げられた言葉。 まさかそんなことを言われるなんて思ってもみなかったので、 一瞬思考が停止してしまった。 けれど時間が経つにつれ、その言葉に込められた優しさを感じる。 自身を包む外套から伝わる温もり。 薬師としての自覚があるのか、などと横で言っている 九郎の不器用な優しさが冷えきった心にじわりと染みわたって、 知らず笑みが零れる。 それに気づいた九郎が、少し眉を吊り上げて詰め寄ってくる。


「おいっ、聞いているのか!」
「ええ、ちゃんと聞いてますよ」

真っ直ぐに見つめてくる瞳には自分が映っていて、 当たり前のことなのに、胸が温かくなる。 いつだって九郎は真っ直ぐに自分と向き合ってくれる。 それがどれだけ幸せなことか。 気がつけば先ほどまで心の奥に蠢いていた不安が消えていた。


「九郎、ありがとうございます」
「なっ、いきなり何を言い出すんだ」
「ふふっ」
「っ…もういい!俺は稽古に行って来る!!」

何に対しての礼なのか、それは自分でもわからなかった。 けれどどうしても伝えたくなって肩にかけられたままの 外套を握り締めながら言葉を紡げば照れて赤らむ顔。 一瞬で真っ赤になった顔を大きな手で隠すように覆い、 がばっと立ち上がるとどたどたと廊下の彼方へと去っていった。


小さくなり、やがて見えなくなった背中。 未だに空からは大粒の雨が降り注ぐ。 この雨の中どこで稽古をしようというのか。 どこかの部屋で顔を覆いながら蹲る姿が容易に想像できて 堪えきれず笑いが出た。


「まったく……どうして君はそうなんでしょうね」


どこまでも純粋で真っ直ぐで、見ている者に勇気をくれる。 自分とは正反対の存在。 けれどそんな彼を愛しいと想い始めたのはいつからだったか。 徒党を組んでぶつかり合い、互いを傷つけあった。 共に奥州に逃れ、穏やかな日々を過ごして。 気がつけば惹かれ、傍にいた。


「できれば…これからもずっと傍にいたいんですけどね」


咎人にそんなこと許されるはずがないのに、そう願ってしまう。



いつか二人で見た空。 誰もが知っている青く澄んだ綺麗な色。 流れる雲を見ながら、夢を、願いを語り合った。 ずっと共にいようと誓い合った。 昨日のことのように、いつも胸の中にある思い出。 本当に大切な宝物。


いつかは九郎を裏切る時が来る。 寄せられる信頼も、想いも、その全てを裏切って、傷つける。 その日はそう遠くはない。 それは誰でもなく自分自身の意思。


犯した罪を少しで償うために生きてきた。 そのためにいろんなものを犠牲にしてきた。 だから自分の幸せなど望んではいけない。



いつも心にある大切な約束。 それを守ることは出来ない。 けれど、せめてその時までは



「君の近くにいることを許してくれますか…」



最期はその笑顔を胸に逝きたいから





END

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携帯サイト15000HITキリリクで楓様より
『九弁』ということだったんですが、何故か若干シリアスに…。
九弁は私が遙か3で一番最初にはまったCPだったので、久々に書けて楽しかったです。
リクを頂いてから2ヶ月以上かかってしまい申し訳ありません。
楓様、こんなのじゃ嫌だ!というのであればいつでも書き直しますので(´д`;)
リクエストありがとうございました。
これからもよかったら遊びに来てやってください。

こちらは楓様のみお持ち帰り可です。

2008.08.30