赤い色など、好きではなかった。

思いの中に開く花


「君には、赤い花が似合いそうだ。」
ある日、イーピンの住むマンションに現れたかと思うと、雲雀はそんな事を言った。
突然の雲雀の言葉に、イーピンはしばし凍りつく。
「・・・・どういう、意味ですか?」
やっと絞り出した声は、弱弱しい。
赤い花。イーピンは一瞬、前の抗争で綱吉の手伝いをしたことが、雲雀に露見してしまったのだと思った。
雲雀は、何故かイーピンが戦いに出ることを、ひどく嫌悪する。
理由を聞いたことは無いけれど、戦いの邪魔にはならないつもりだ。自分が弱いことは、痛いほどに分かっているから、せめて出来ることをしたいと、そうイーピンは思うだけなのに。
イーピンは雲雀からの冷厳を恐れ、肩をすくめた。 だが、雲雀の様子はイーピンに対して苛立っているような、怒っているようなものではない。
むしろ楽しそうな、特別機嫌の良いときのそれだ。
「そのままの意味だよ。それとも、君は何かこの言葉を深読みするような、後ろ暗いことでもしでかしたの?」
「い、いえそんなことはありません!!!」
慌てて首を振り、全力で否定する。
そんなイーピンの姿を、雲雀はいぶかしげに見つめていたが、一言、「まあいいや。」と呟くと、立ち上がった。
「あ、帰っちゃうん、です、ね。」
自然と零れる言葉に、イーピンの思いがわずかににじんだ。
私は、ちゃんと笑えているだろうか?
 そんなイーピンに、雲雀は微かに笑ってみせると、その頭をなでた。
「また来るよ。」
何時、とは絶対に言われない、あいまいな約束。
それでも、この一言だけで、イーピンは心の底から笑うことが出来るのだ。
「はい!!」
本当は、もっとしっかりとした約束が欲しいけれど。
でも、約束は必ず守ってくれる人だから。
「待っていますね。」
嬉々としてイーピンがそう言った次の瞬間、今までイーピンの頭の上にあった雲雀の手が、イーピンの頬に触れた。
「?雲雀さん?」
不思議そうに尋ねるイーピンに、しかし雲雀は何も言わず、その手を離した。
あ。
少しだけ、名残惜しい。
「・・・・全く。」
 雲雀が、ポツリと零した。
「そんな顔を、するものじゃないよ。」
―――から。と、小さく呟かれた言葉は、イーピンには届かなかった。
「え?雲雀さん、何か言いましたか?」
「何でもない。それじゃあね。」
「あ、はい。」
そうして、立ち上がり、イーピンは雲雀を見送った。
雲雀は後ろを振り返りもせず、外へ出て行く。お互い、何も言わない。
ドアが閉まるその瞬間から、雲雀とイーピンの世界は区切られる。
区切りを、つけられる。
閉まったドアを見つめて、イーピンはその違いをかみ締めていた。
「赤い花。か・・・。」
イーピンが今暮らしているこちらの世界でなら、喜んで雲雀の言葉を受け取れた。
だって、赤い花はただの花でしかないから。
ママンや京子のような可憐な人に似合う、美しい、嗜好品でしかないから。
でも。でも、ドアの向こうに消えた世界。イーピンの、元いた世界でなら?
「嫌だなぁ。」
イーピンは壁にもたれかかって、ずるずると、重力に従うまま座り込んだ。
赤い花。
舞い散る花びらに良く似た、赤い飛沫。
時間がたつと茶色くくすむのまでそっくりで。
「似合いたくなんか、ありません・・・。」
あたしは、まだ、あの世界にとらわれている。
「ごめんなさい。」
せっかく、ここへ来てくれたのに。
せっかく、あそこから切り離してくれたのに。
イーピンは力の入らない両手で、顔を覆った。
この世界に馴染めない、醜い自分を隠したくて。
「ごめんな、さい。」
流れ落ちる涙が、いったい何に対してのものなのか。それすらも、分からぬままに。
  ただ、泣いた。



    *         *         *

ドアを開くと、目の前が極彩色で彩られた。
「ハッピーバースデーイーピン!!」
「や、山本さん?!」
姿がよく見えないながらも、声だけを頼りにそう叫ぶと、「おう!!」と元気良く返事が返ってきた。
「お、ずいぶん大きくなったのな。」
わしわしと、少々乱暴ながらも優しくイーピンの頭を撫でてくる。
「お久しぶりです。山本さん。」
目の前の極彩色をようやくどけてくれたため、イーピンはやっと山本を、その目で確認することが出来た。
幼き日に自分が見たものと変わらない笑顔がそこにはあって、少しだけ、もう戻れない過去を懐かしく思う。
「皆からのプレゼント預かって来たのな。まずはっと。」
と、そこで一度肩に担いだ極彩色の花束をイーピンに手渡した。
「了平さんから、花束。」
差し出されたイーピンの細腕では抱えきれないほどの花束は、とても華やかで美しく、山本がこれを担いできた姿はさぞ目立っただろうと、花束に感動しながらイーピンは思った。
「わあ。ありがとうございます!!でも、預かってきたって、これイタリアの花なんですか?」
イーピンの素朴な疑問に、山本はおかしげに笑った。
「はは、さすがにそれは無理なのな。了平さんも最初は自分で花束買いたかったみたいなんだけど、あの人も忙しいし、花も枯れちゃうかもしれないから『山本!!これで極限に美しい花束を買ってくれ!!』ってお金だけ預かってこっちで買ったのな。」
山本の声だけの物まねは、容易に了平の姿を思い起こさせ、イーピンもつい笑ってしまった。
「それでこのスーツケースの中に、ツナ達のが入ってるから。」
ゴロゴロと、自分の後ろにあったキャラクター柄の可愛らしいスーツケースを引き出し、「このスーツケースもプレゼントな。」と、言ってくる。
嬉しいが、スーツ姿で花束とこのスーツケースって。と、少々イーピンは山本に申し訳なくなった。
そんなイーピンの様子を勘違いしたのか、もう一度、山本はイーピンの頭を撫でた。
「俺たちが好きでやってることだから、気にしなくていいんだぞ。」
山本の言葉に、イーピンはフルフルと首を振った。
「いいえ!!ありがとうございます!!凄く嬉しいです!!」
にっこりと微笑むと、山本も笑う。
そうだ、この人は本当に良く笑う人だった。
「本当はな、獄寺とハルも来たがってたんだけどな。」
「獄寺さんとハルさんが!?」
二人の名前を出され、イーピンは素直に驚く。
山本もそうだが、獄寺はボンゴレという巨大マフィアの幹部。ハルはボスの秘書だ。
「ああ。来れなくなって凄く悔しがってたぜ。俺一人だけでごめんな。」
「そんなこと!!」
二人が忙しいことは分かっている。だから、こうしてプレゼントを用意してくれただけでも、さらに山本がここにいることを考えると、もう奇跡的だ。
「後で皆さんに、お礼の手紙を送っておきます。」
「ん。ありがとな。」
メールではなく、手紙。本当は直接あって伝えたいけれど、それは無理だから、少しでも無機質な、触れることの出来ないものには頼りたくなかった。
山本がさらに嬉しげに笑った。和やかな雰囲気が、二人の間に形成される。そこでイーピンはすっと、玄関の脇に寄った。
「上がっていってください。お茶くらいはお出ししますよ。」
だが、そこで山本は何だか困ったような顔をした。
「あーそうしたいのはやまやまなんだけど・・・。」
「時間が押しているんですか?」
山本の立場を考えれば当たり前のことだが、少し寂しい。
「あ、いや。そういうこととはちょっと違うんだけど・・・・俺も馬には蹴られたくないと言うか・・・。」
ごにょごにょと、いつもはっきりとした態度を取る彼にしては珍しく口ごもり、言葉を濁した。
首をかしげるイーピンに、もう一度困ったように笑ってみせると、とりわけ大きな声で言った。
「ま、俺はここで帰るけどさ、またクリスマスに誰か来ると思うから、楽しみにしててくれよ!」
「あ、はい!」
ちらりと、クリスマスってイベント的には大きなものだけれど・・・。と、ツナたちを心配したが、まあ大丈夫なのだろう。
「それじゃ、まだ追いつくと思うから、頑張れよ。」
「え?」
不思議に思ったイーピンだが、山本に手早くスーツケースと共に玄関の中に押し込まれ、ドアを閉められた。
閉められてしまえば、もうそこは違う世界。

とりあえず、この花束をどこかに活けなきゃ。と、台所兼居間である一番奥の部屋に向かった。
シンクの桶の中に花束の先をいれ、蛇口をひねる。
水の音が何の音もしていなかった部屋に響く。
ふとそこで、イーピンは火燵の上の違和感に気付いた。
火燵の上に有るのはイーピンの勉強道具。その上に、見たことのない包み置いてあった。
「・・・?」
水道を止め、火燵に駆け寄り、その包みをてにとってみる。
何の変哲もない、白い紙袋。
そっと、口を開けてみた。
何だか、胸がドキドキしている。
「わぁ・・・・!!」
入っていたのは、赤い簪。これまで簪というものを見たことが無かったイーピンだが、一目で素晴らしいものだと分かった。
金の模様は美しく、花の飾りも精巧で、イーピンは思わず見入ってしまった。
「でも、どうして・・・・。」
赤い花。
何かが、イーピンの頭の中をよぎった。
『まだ追いつくと思うから』
先程の、山本の言葉。
「っ!!!」
気が付けば、イーピンは走り出していた。
ドアを開け放ち、階段を飛び落り、とにかく走った。
手がかりなんて何も無い。でも、探せば見つかる気がした。
人気の無い道を選んで走り続けた。
「こんなのっ・・・・。」
ズルイです。
本人を目の前にしては絶対に言えない言葉を、イーピンは心の中で叫んだ。
走って、走って、そして。
「雲雀さんっ!!」
その人は、人気の無い神社の、何故か屋根の上にいた。
「ワオ。まさか見つかるとはね。」
「ひ、雲雀、さん・・・。」
逸る気持ちと乱れる呼吸を一生懸命に落ち着けて、イーピンは雲雀と向き合った。
「雲雀さん。これ、雲雀さんが、くれたんですよね。」
手に持ったままだった簪を、イーピンは掲げてみせた。
日の光の下で、簪はより鮮やかに目に写る。
「だったら?」
「あ、ありがとうございます!!」
雲雀の問いを肯定と見て、イーピンは叫んだ。
「ありがとうございますっ。」
そうして、簪を抱きしめる。
なんだか、泣きそうだった。
「・・・・本当は、手渡ししようと思ったんだけどね。」
雲雀の信じられない言葉に、イーピンは目を見開いた。
「けど、むかつく奴がいたから、止めた。」
「それは・・・。」
何というか、雲雀らしいといえば、らしい。
ふっと、体重を感じさせない軽やかさで、雲雀は屋根の上から降りた。
そうしてイーピンの手から簪を掠め取ると、片方のお下げだけを手早くほどき、その髪に絡めた。
「やっぱり、君には赤い花が似合う。」
満足げに微笑んで、雲雀は言う。
ぼっと、音を立てるくらい急激にイーピンの顔が朱に染まった。
「ワオ。瞬間湯沸し機?」
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
しばらく両手で顔を抑えていたイーピンだが、小さな声で「雲雀さん。」と、呼んだ。
感謝を、しなくては。色んなことに。
「雲雀さん、あたしですね、赤い花が、嫌いだったんです。」
小さな声のまま、イーピンは言った。その言葉に、雲雀は「そう。」と応えただけだった。
「でも、今は、もう、大丈夫です。」
まだうっすらと朱の残るまま、イーピンは花のように笑った。
もう、赤い花を見ても、あの光景は思い出さない。
「雲雀さん。誕生日プレゼント、ありがとっ・・・」
イーピンの言葉は、雲雀に突然抱き寄せられたことにより、途切れた。
耳元で、雲雀の声が直接イーピンの耳朶を打つ。
「今度は、ちゃんとした格好で、その簪を付けておいで。」
「え?」
「着物は沢田の母親から借りるといい。その頃、また、来るよ。」
そうして雲雀はイーピンを離すと、すっとその頬を撫でた。
「じゃあね。」
手が離れてゆく。でも、もうイーピンは寂しくなかった。
はじめて貰った、ちゃんとした、約束。
雲雀は振り替えらない。でも、それがけじめだから。
髪に挿された簪に、そっと触れると、イーピンは目を閉じた。


これから先、思い出すのは。
貴方のくれた、ものでしょう。




END

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感想☆★☆

ありがとうこんなすごい作品をフリー配布してくれて!!
一生宝物にするから♪

やっぱりイーピンのイメージって赤だよね!!

タマちゃん、本当にありがとうございました☆★☆
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